一年ほど前、中学校の同級生の連絡先が出てきた. 何気なく見ていたら、びっくりする発見があった.
ひとりはここから6km先に、もうひとりはその従姉妹で入谷駅の近くに住んでいた. 女の子の方は、2012年まで住んでいた台東区松が谷から歩いてすぐのところだったので、本当に驚いた.
レンゲ草が咲いた田んぼで遊んだことや徹夜の魚釣りをした記憶が蘇った. 自分の家にテレビがない頃、毎夕、女の子の家でテレビを見せてもらった. 「空飛ぶじゅうたん」「次郎物語」「時間よ止まれ」という番組が見たくてどうしようもなかった. 不思議なことはあるもので、東京に出てすぐの頃、笹塚の近くのバーで「次郎物語」に出ていた池田秀作に会った.
しかし、中学生になり、バレーボール部の練習に夢中になったが、そこは終点だった.
他方、大学生のときの女友達の家が西荻窪に今もあり、電話番号もそのままだということがわかった. たまたま覚えやすい番号だったので、記憶をたどり、webで調べたら昔のままだった.
みんなに会いたい気持ちと不要なノイズを立てたくないという思いは相反し、ブレーキになる. そもそも昔のように元気かどうかわからないのだから、気持ちは先に行かない.
そんなことを考えながら、さらに浅草のことを思い出した. 大学生の頃、駒形橋のすぐ近くのビルに友人が住んでいて、そこで麻雀を覚え、はじめて酒を飲んだ. 朝方、隅田川で飲んだ日本酒の味はとてもまずかったが、みんなといることは楽しかった.
そう言えば、白い時計台のような建物があった. 調べたら森下仁丹の仁丹塔と判明.
メッセンジャーボーイのバイトでバンダイに書類を届けたこともあった・・・
あの頃から限りなく時は流れてしまった. 物悲しく、同時に心地よい思い出が懐かしく思い浮かぶ. 自分の手元に引き留めておけたものはそう多くないが、それでも、懐かしさが残っているということはいいことなのだろう.